当時の僕は、
「吃音を出さないために、どうすればいいか」
ばかり考えていました。
音読を何度も練習する。
発表を暗記する。
一音目に詰まったら、力んで声を出そうとする。
話さなくて済む場面では、避ける。
一見すると、
全部「努力」に見える。
でも、今振り返ると、
僕がやっていたことは、
吃音を直すことではなく、
吃音を隠したり、ごまかしたりするための工夫だったんです。
吃音が怖かった。
だから、どうすれば吃音が出ないかを考えて、
その場をなんとか切り抜けようとしていた。
でも、それは僕にとって、
結果的に逆効果でした。
吃音を出さないための工夫を増やすほど、
話すときに吃音のことを意識する。
そして、ますます
「吃音を出さないようにしなきゃ」と考える。
僕は、吃音を直そうとしていたつもりで、
いつの間にか、
吃音を隠すためのスキルを磨いていたんだと思います。
今振り返ると、
あの頃の僕に必要だったのは、
「どうやって隠すか」ではなかった。
そのことに気づくまで、
ずいぶん時間がかかりました。